昭和39年11月02日  夜の御理解



 「この花は 菊(聞く)とはいえど 耳もなし葉(歯)はありとても 飲み食いもせず」と。これはあの仙涯さんの歌です。仙涯さんて博多に偉いおぼんさんがおられましたですね。その方が作られた歌です。この花は菊とは言えど耳もなし、葉はありとても飲み食いもせずと。椛目の信心も、ま言うならシンボルが菊の花というように、あの椛目の信者に言うて聞かせてやりたいような気がする。ね、
 椛目の神愛会の会員でございますと。椛目の金光様に参りよりますとは言えどもです、いわゆるその聞くとはいえども、いわゆる心の耳ではたして頂いておるかどうかということ。ほんとに聞いておるかどうかということ。それを葉はありとても食い飲みもせず、味わいもせず、ね、食べようともせず、信心が力にもならなければ太りもせん。如何でしょう、皆さん。
 ほんとに椛目のご信心を頂いて、御神縁を頂いてこの方、あれこれと数えれば数え切れないほどのおかげを頂いたという人は沢山いるけれども、ほんとに椛目に御神縁を頂きなさってからこのかたこ、あちらの内はは変わった、人間が変わんなさったと例えば人からでも周囲から言われたり見られたりする。出来なければですね、私はおかげ頂かれんと思う。自分がおかげ頂かれんだけじゃないです。
 それはやはり私は、いうならば、道を汚すと思う。金光様のご信心を汚すと思う。椛目の信心とはそれくらいなことかというようなことにまでなってはきやせんかと思う。どうでしょうか、私はこれは椛目だけのことじゃありません。これはもう教団全体の上にもそれを切実に思います。いわゆる金光様のご信心を頂いております。これはどこじゃここじゃではありません。
 私ども知っておる範囲内だけでもです、金光様の信心をしかも何十年もしござる、というような人がその町ではです、嫌われ者であったり、後ろ指を指される人であったり、あれどんがと言うような見方をされておられるような人達を私はずいぶん知っております。これは椛目じゃありませんよ。いわゆる金光様の信心を頂いておるということ。それではね、私はほんと神様が泣きなさると思うんですね。
 先日からある教会の方が見えられましてね、それは同じ信者さん同士のあるかたがです、借金を持っておられる。信者さんの誰彼からも借ちゃる。そこでそこの親先生という人がです、ね、金を借りていつまでも払わんと、そんげことをしよるとお道の信心を汚すち。私それを聞いて思いました。いえ聞いて思いません。あきれました。金光様の信心をしおておると借金もおえんかと。
 たったそれ位な事で神様は顔はですね、汚す様な神様ではないです。ね、この神様は。ね、問題は信心させて頂いておればその人の中に菊の花じゃないけれども、信心の喜びに浸らせて頂いて、借金は山ほどもっておる、難儀はあるけれどもその中に何とはなしに信心生活が出来ておるか否かと言う事です。ああいう難儀の中に信心しておんなさる、やっぱおかげじゃあるばの、ほんと家の中でもことんとはいわんと。
 たとえば周囲から言われるような信心です、私が言うのは。借金も負いましょう。だから私は申しました。そんなことで神様は決して顔は汚しなさらんですよ。だからその方がほんとに借金払いが出来なさるようにお祈り添えをさせていただくことも大事だけれども、その沢山な、重荷である借金を持っておられるそのあいだにいよいよ神愛を悟る、神様の思いを悟らせていただいて。
 良い信心を頂かれる絶好の機会チャンスに恵まれているのだから、そういうおかげを頂けれる様にお祈り添えをしてあげて下さいとい申しましたら、そういう頂き方があるんですねというて喜んで帰られました。信心しとるから、したって病人がある。信心しとって貧乏したり借金がある。それで神様の顔を汚すと言う様な事はあるはずがないです。その位な事でお前が信心しよって俺の顔を汚した。
 お前信心しよって言うならその失敗した。山んごと借金をお前俺の顔を汚した、と言うような神様じゃないんですから。もうそう言う様な例えば氏子がおり信者がおるならば、そういう氏子信者ほど可愛いというのが親心。どうぞこの難儀の中にどうぞこれを難儀と思わずにこれを神愛と思うて神の思いを心を分かってくれよというそういう絶好のおかげをいただける機会なんだということ。
 これは椛目の信者だけではありません。お道の信心をさせていただいておる人のなかに沢山です、そういう意味合いではなくてはなくて道を汚したり、狭めたりするようなことがありはせんだろうかと。私は今日午後からもう何か知らんけれども腹立たしい。それがもうどうも大坪総一郎の腹立ちではない。
 何とはなしに神様の腹立ちを感ずる。はあ、こういうな事で道が狭められておる。こう言う様な事でいわば親と子の中に溝が出来ておる。こう言う様な事になっておるから教団の発展にならんのだ、道を阻害しておるのだと思うたら、それがもう無性に腹立って。私は今日善導寺の親先生に呼ばれてまいりました。で椛目の信心を二言目にはその拝む、拝むということを言われるわけですね。
 拝み信心というて、もういうなら椛目ほど拝まんことはないです、本当言うたら。拝むということにおいては。皆さんご承知のようにですね。朝晩しか御祈念しませんもの。その私がです、今日はもう何べんも何べんもご神前に出て御祈念しなければおられんほどになんか腹立たしいものを感じたんです。驚きましたね。皆さんもご承知か知れませんけれども、福岡のあの桜井先生が椛目のお参りになっておる。
 今日もちろん用件が三つ、四つ重なってお参りになりました。一番の今日私が呼ばれた目的は、桜井先生が椛目に参っておられると言うことであった。そして私が指図をしてです、いうならここの出社を作っておるように言われる。しかもその善導寺の奥様もそんためにほんんとにそのもう心配してからその悔いやんでおんなさる。そのことを聞かれて。奥様の里になりますからね。
 だから私聞きよってからですね、ほんとにまあ、いつの間に誰がその中傷したかは知らんけれでも、そういうような時に例えば福岡なら福岡、これは福岡から言うわけじゃない。ある人が言うたといわれるけれど、誰が言うてもです、椛目の大坪はそげな奴じゃなかですばのちゆうて親先生がいうて頂けれるくらいな、その親子の中にね、信じ信じあえるようなものがなからなければとだめだな私は思うたです。
それを親先生は真に受けておられうわけなんですね。だからそういう言うな事が事実であるならば、そういうことをやめさせようというのが、であっただろうとこう思います。二、三日前やはりここへ信者さん方が三、四人で参ってきた。そして実は私どもは、椛目にどん参っちゃならんぞて皆言い渡されていますけれども。言われればやっぱりお参りしたいと、かえって。何のために椛目に参ってならんというのだろう、ね。
 なるほど桜井先生は保険の外交をしよんなさった。お道の教師の資格を取られて、そして十二年か三年か福岡教会で修行して、奥さんともなんか、あそこの桜井先生の奥さんが持てきんなさらんじゃったですね、いわば。教会に入ってその生活、子どもは次々と出来られる。そいでまあ、親先生を捨てるか、家内を捨てるか二つに一つだといわれたときにまあ結局は人情に引かれて、家内子供のほうにこられた。
 そしてもう、十年間の間の修行されたのを水にしてしもうてから金光様のご信心もほとんどやめておられるような状態であった。もちろん道の教師なんかというようなものは、もうぜんぜんいわば、考えてもおられないほどに信心薄うなっておられた。たまたまここへ御神縁を頂いてから見えられて、ここで話を聞かれて聞けば聞くほど、折角お道の教師との拝命を受けておるから、これはどうでもこうでもやはりお道の教師として立たなければいけないと言う事が分かられたのもやはりここであった。
 それではほんとに布教所でも出すために、私が申しました。それにはまず何というても、福岡の親教会あってのあなたなんだから、いわば福岡の教会にお詫びに出なさいと。過去のことは水に流してもらいなさいと。そして布教所の看板でも上げさせて頂いて、だんだん教会設立と言う様なお繰り合わせを頂きなさいませ。ま、言うなら私はそう言って力づけておりました。
 あの生誕祭ですね、生誕祭のくじ引にあの座布団を引き当てられた。あれでいよいよ腹が決まったんです。もう本気ですわらにゃならん。同時に自分がなさっておられる保険のほうもほとんどだめの状態になってしまってある。いよいよ御神意がここにあったんだということを悟られてから背水の陣をしいてやめられた。そして親教会に、私がもうとにかく行かれんと言われるのを、とにかく私が、無理にいうてから、親教会にお詫びに出なさいと私は申しました。若先生に会われ、そして親先生会われた。
 もうそれこそ話を聞きますと、けんもほろろであった。私は今日そのことを親先生に話しましたけれど、先生、どんなもんでしょうかね。自分の、手塩にかけた信者がしかも十何年も子供の時から養うていうなら、そして道の教師の資格も取らせて、それも別に泥棒んごとして出て行ったというんじゃない。いわば家内の肉親愛に引かれて家内のほうへただ行っただけのこと。
 お詫びをしてきたときに、もうそれはもう口ではどんなに言うても、心の中ではなんかしらんけれども、よう帰ってきたというようなそういう雰囲気がなからなければ、またお詫びには行かれはしませんよと、私は申しました。そのうえ踏まれてもけられても又行かにゃん、と親先生がおっしゃるからそれを申しました。信心とはそんなもんじゃない。たとえば踏みでも蹴りでもするような状態であっても、中味にはです。
 もうほんとよう帰ってきたというような、もうなんかしらんけれど、それが私は親子の中じゃなかろうかと私今日申しました。そして桜井先生がここへ見えてから、先生そりゃもうほんとに言葉に出されんほどに、けんもほろろのことでしたとうて見えました。それで私は、又行けと異様な事を申しました。とても行かれん。それで私はほんなら教務所かなんかに一遍どう言う事になっておるか。
 尋ねてみらんならんと言う話からです、いろいろ話しよりましたら私も知っておりますけれども、福岡ので社社に大橋の教会と春吉の教会がございます。その先生方に以前、出たり入ったりしたときにお世話になったことがあるという話をされましたから、そんなら桜井先生それが一番ですよと。そんなら春吉なら春吉に行ってから仲を取り持ってもらって、どうかひとつここにね。
 桜井先生あなたがここに布教に出られるということは沢山の難儀な氏子が取り次ぎ助けられるということのためなのですから。自分のためではない、そげな気持ちでひとつお詫びに行ってもらいなさいと私が申しました。それから春吉にそのことをお願いに行かれましたら春吉の先生もそのことを大変同情されましてね。あんたがそこまで腹を決めておるならば、私が親先生にお詫びをしてやろうと言われてそれまでであると。
 そして快弁ならば何べんここに桜井先生が見えたかと言う事。問題は桜井先生自身が本当に助けられ助かられたと言う事。もうそりゃ死ぬか生きるかと言う様な所を通っておらる所を、信心でま言うなら椛目の信心に励まされてです、そういうふうにになられた所が、私はただそれだけの事だけを今日聞いてもらった。だから先生明日は大祭ですから、もうお出でられれて、とげん口はっていうて頂いても良いですよ。
 私の信者にして、うちから久留米出してる用に出社にしておる用な事はもう金輪際ないのですから、問題は桜井先生が本当に資格も持っておられるのであるから、お道の教師として教会を設立されるような運びになることを祈る事は、祈らせて頂いておりますけれども、先生そういう運びになるように親先生からもどうぞ取り成してあげて下さいと言う事を私は話して帰って来た。
 もうそれだけだったんです実は。あとにいろいろあってところがです、帰らせて頂いてです、あの親先生の仰った一言一言を帰ってじっと考えよればもうほんとに腹が立ってくるんです。今日私はもうなんとはなしに昼から腹立たしい、どうにもこうにも出来ん腹だたしさが生まれてくるんですね。ははあ、そういうようなです、いわばもうほんとに誤解が誤解を生んでです、そう言う様な事がこれは私と善導寺の場合だってそんなことだったろうとこう思いました。
 私と善導寺の間だって誰かれか聞いた、椛目がああいうたげなこう言うたげなが例えばあそこの五年間でも空白のものが出来たり、それからとても結局ただいま申します様にあれが言うことは間違いなかがのと言うてもらえれんくらいに程度にしか椛目に対して信じちゃおられないと言う事がですたい、どのくらい私と善導寺だけのことじゃない、それが道の教団の上にどのくらい大きく広がって行く事のためにです。
 疎外しておるだろうかと思うたら、もう愈々私は腹立たしゅうなって来た。道の発展とか、ね、教団強化と言う様な事を叫びながらです、そういうやからと言うた事、そういう例えばですね、いうならばこまい事を言うて問題は本当に桜井先生が助からなきゃいかん。桜井先生が助かってほんとにそこに取次ぎの教会が出来なきゃいけん。その事のために焦点を置くのではなくて只桜井先生が椛目に参ったと言う事がです。
 そういう大きな波紋を描いておるということを聞いてから、私は相済んというような気持ちがひとつもしませんでした。椛目があったからこそいわば桜井先生一家が助かられたという気さえします、私は。ほんとに死ぬか生きるか、もう二言目には奥さんが先生じゃありません、先生ですけれど、お父さん、もうこげな状態なら死んだほうが増し、もう死にましょう、死にましょうといわれるのですから。
 あっちは、そのたんびんに参られたことは事実です。そのたんびんにしかられて帰られたことも事実です。こう言う様な私お道の現在のひとつの機構と言った様なものがですね、例えば親教会が判を押さなければ教師の資格を持っておっても布教所ひとつももてないというような機構がです、いよいよ道の発展を妨げている様な事はないだろうか、いよいよそれが道を私は狭めたり、汚したりしているのではないだろうかと言った様な事をね、感じたんです。
 そんな思いで私今日ご神前座らせて頂いたら、仙涯さんの歌を頂くんですよ。だから是は勿論椛目の信者に下さったものであるでしょうけれども、これは押し広げて考えよっと、今日私が何とはなしに腹立たしい思いがした。それは大坪総一郎の腹立ちではない。是は神様の腹立ちの用な気がした。そしてそう言う様な雰囲気がお道を愈々窮屈なものに、より発展する筈のものをいわば阻害しておる用な働きになっておるのである。
 例えば私と善導寺の場合でもです、それこそ私と親先生の中にだれが水をさしても、私と親先生との心と心の通い合いと言うものをです、そう言う様な働きが現在まで邪魔しておるということを思うたら、もう無性に腹が立ったんです私今日は。考えれば考えるほど腹が立ってくるんですね。そう言う様な働きがです、そういう様は働きと言うか雰囲気がです、教団の中にそこにもここにもあるんじゃなかろうか、と思われてまいりましてですね、いよいよ椛目がおかげを受けなきゃいけんなあと。
 大きな事を言う様ですけれども本当にそれでは全教一家てんなんてん、例えここが創価学会とか天理教とかいうならいざ知らずですよ、ほんなこつなら親がおるならです本当に家の子供がお世話になりましたげなの、ち言う様な一言位挨拶があってもしかるべきですよほんなこつ言うたら。真相が分かられたら又明日御大祭、私もおかげでこんなにおかげ頂いておりますから。大祭におかげ頂くべき心に思うておりましたけれど。
 親先生それ仰りましたけれど、私は是はご無礼しましょうと私は申しました。椛目んためにそげんあちらの先生、若先生にしろ親先生にしろです、ね、椛目んためにあちらに参っちゃならんぞと皆んなに言い渡されなさる様なその感情のとき、親先生ととても大変身体がいまお悪いときだから、私の顔見てから悪うどんなさるといかんけん、私はご無礼致しますち私は今日申しました。
 そして本当にそういう真相が分かられてから、又福岡におかげ頂く。これは大きく言えばそう言う様な事がです私はです、ね、菊とは言えど耳がない。まあほんとに相済まん言い方ですけれどもです、ね、福岡のこれは、福岡だけのことではありませんけれども、例えば先生方の場合でもです、ね、例えば子供がどう言う様な事で、例えばお粗末御無礼になっておっても、もうぎりぎり根本的なことを言うたら、親が言うことを聞かせきれなかったんですからね。
 そうでしょうが、あんた私を捨てるか、家内を捨てるかと言われるときにです、いわば親の言うことを聞かせきれなかったことを棚に上げてから、そういうことを言われるということは日ごろの教えを人に解いておられる、口にも持っておられにゃならん。また教えは随分聞くほど聞いておられるけれども、聞く耳を持っておられなかったと、いうのじゃ仕方がないじゃないですか。
 葉はあるけれど飲み食いもせずと言う様に、飲み食いしておられなかったからこそ心がひとつも太っていなちいうこと。豊かな心でそれを抱擁されるだけのものがなかったということです。私はあえてそれを申します。ほんとに私はそう思います。だからそう言う様な事では今後の教団の上にも大変な道を寂れるような結果になって行きはせんだろうかと言う様な気がしきりに致しましてね。
 それが何とはなしに、腹立たしい思いがする。私と親教会の場合でもです、そう言う様な雰囲気がですね、私と親教会の中にいわば、水を差した様な事に結果になったと、思い出したら腹立たしゅうなって来た。同時に、私椛目自身のことを思うてもです、朝に参り晩にこうして、お参りされておるみなさんがです、お話を聞いておられるけれどもただ、肉眼的な目と言うか。
 肉眼的ないわゆる耳で聞いて、おられるというだけであって。こっちから聞いてこちらから、抜かしておられるような心の耳で、聞きとめておると言う様なことに成って、おらんのではないだろうかと。椛目の神愛会の会員でございます、信者でございます、椛目にお参りしよりますといいながらです、ね、葉はありとても飲み食いもしよらんと言ったようなことじゃなかろうか。
 味わいよらんのじゃないだろうか、その証拠にひとつも信心が太りよらんじゃないか。と、例えば神様に指摘されたと思うて皆さん思うて見なきゃいけませんね。確かにそういや、ほんとに心の耳でご理解頂きよらん。葉も口もあるけれど、ほんとにご理解ならご理解、信心をなら信心を味わいも飲みも食いもしよらん。これじゃ信心も太らんのだなと言うことを反省しなければいけないとこう思うんですね。おかげ頂きました。